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  • 2007.03.02 Friday
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成都―麻婆豆腐、味覚炎上

 麻婆豆腐と言ってから、しまったこれは日本語だったと思ったが、なんなく通じた。なんのことはない、普通に考えたら、中華料理の名前なので中国語なのだ。でも、すんなり伝わったのには驚いた。というのも、中国では発音にいつも悩まされていたからだ。
 この一品だけではどうもバランスが悪そうなので、白ご飯も注文しようと思っていた。どう調子に乗ったのかはわからないが、そのときの僕は「それと、ご飯」と通じるはずのない言葉を恥ずかしげもなく口走っていた。案の定、店員の反応は「ハァ?」というものだった。そのキョトンとした表情を見て、僕は我に返った。そらそうやなあと思いながら、さっき閉じたメニューからご飯をみつけ出し、それを指差して伝えた。
 ほんの数分で麻婆豆腐が目の前にやってきた。間違いなく今作ったのではなくて、もうすでに出来てたな、と思わせるスピードだった。冷めていたら最悪やなという思いが脳裏をかすめながら、器のまわりに手を添えた。しかしそこにはしっかりとした温もりがあった。これは秘伝の鍋の中で、創業以来ずっと作り続けられているのだと思うことにした。そうすれば、この出てくるまでの速さに都合の良い説明がつく。
 念願の元祖麻婆豆腐は、少し油が浮いているように見えたが、実にいい香りを発していた。期待と空腹で速くなる鼓動を抑えながら、小さく「いただきます」と手を合わせた。そしてレンゲを手に取り、麻婆豆腐をひとすくいして口に運んだ。
 一口目、掛け値なしに「うまい!」と唸った。期待を裏切らない本場の味だと感心した。もう一口と手を伸ばそうとしたとき、どこからか殴られたような衝撃を受けた。一瞬、何が起こったのかと思ったが、その震源は自分の口の中だと少し遅れて気がついた。
 辛いというか、熱いというか、いや、これは痛い、だ。さっきの「うまい!」はどこにいった?
 信じられないような混乱した気持ちで、そのまま「うまい!」を探して、もう一度食べてみた。すると事態はさらに悪化した。くちびるが痺れ、続いて舌、のどが同じように痺れてきた。この痛辛い状態をなんとかしようと、ご飯をかっ込んだ。しかしそれは火に油を注ぐようなものでしかなかった。熱いものは辛さや痛さを倍増させる効果がある。
 「ご飯が苦い」
 こんな感想をご飯に対して抱いたのは生まれて初めてだ。居ても立ってもいられなくなったので、こんな食事にそれが邪道であることは重々承知だが、僕は店員を呼んだ。そして、「スプライトをひとつ!」と懸命に告げた。

成都―麻婆豆腐の店は想像以上に閑散と

 昼過ぎの広場付近を北に向かって歩いていた。バスの中から見るより、人々の活気を感じる。その人ごみを抜けながら、頭の中は麻婆豆腐のことでいっぱいになりながら、その店を探した。
 「陳麻婆豆腐」はほどなくして見つかった。空腹の体が、感覚を研ぎ澄まさせたからかもしれない。大きな看板を確認し、僕は店のなかへと入った。もはや口の中では辛さのイメージが、若干広がりつつあった。
 しかし、店に足を踏み入れて、僕の目に映ったのは空席のガランとしたテーブルばかりだった。店員の姿も見えない。
 「あれ?ここ、やってないのか?」一瞬、閉まっているのかと思った。それぐらい、店としてのやる気というか、開店している気配が感じられなかった。
 少し不安になりつつ、周りを見回したところ、隅のほうに一組の客がいた。それを確認したのと同じくして、奥から店員が出てきた。ややホッとして、たくさん空いているテーブル席のひとつに腰を下ろした。
 想像していたよりも全く閑散としていたのには驚いた。お昼の時間も過ぎ、中途半端な時間だからかな、と納得しようとしていた。
 そうやって席には着いたものの、一向に店員が注文を聞きに来ないどころか、メニューを持ってくる気配すらない。もしかしたら歓迎されてないのか。いや違う、ここは中国だからだろう。
 すでに麻婆豆腐を食べると決めているので、別にいらないのだけれど、やはりメニューは眺めてみたい。僕は立って、店員がいるところまで行った。そして、両手の人差し指で四角を描くような動作とともに、メニューを見せてほしいと伝えた。不審そうな顔をしていた店員は、「なんだ、そんなことか」といわんばかりに、近くにあったそれを差し出した。僕は受け取って席に戻った。
 パラパラとページとめくりながら、わかりそうでわからない漢字でかかれた料理名を読んでいた。麻婆豆腐以外にもたくさんの種類の料理があった。しかし、ここは麻婆豆腐の専門店なので、他のものはそうおいしくないのではないかという想像をしていた。もっとも初めからそれらを注文する気はないし、大きなお世話以外のなにものでもないのだが。わざわざ取りに行ったメニューは、その程度の活用で閉じられようとしていた。
 メニューから顔を上げると、ちょうど店員がこのめんどうくさそうな客のほうを見ていた。注文を聞いてもらうべく、僕は手を上げて合図を送った。

成都―麻婆豆腐を食べに行こう

 心身ともにすがすがしくなって、部屋に戻った。この部屋にはテレビも備え付けられていたので、それを見ながら少し休憩しようかなと思った。しかし、体を洗いたいという欲求が満たされると、とたんに忘れていた食欲が湧いてきた。そういえば朝は食事代わりに、お菓子を少し食べただけだったことを思い出した。
 よし、昼ごはんを食べに行こう。そう心のなかで宣言したときには何を食べるか、すでに決まっていた。この町で生まれた料理を食べよう。ここに来た理由のひとつである麻婆豆腐を、初めて作ったといわれる店でまず食べようと思った。そう考えていると、口の中は麻婆豆腐を受け入れる態勢でいっぱいになっていた。同時に体は、空腹とだという主張を激しくし始めた。
 そうと決まれば、すばやく出かける支度をして、バックパックをベッドにくくりつけて部屋を飛び出した。ロビーに降りていくと、さっき名刺をくれた旅行会社の女性いて、微笑みかけてきた。軽く会釈をして、僕はその前を通り過ぎて行った。
 これから食べに行く麻婆豆腐発祥の店、「陳麻婆豆腐」は街の中心近くにある。そこに行くには、駅から乗ってきたのと反対方向のバスに乗り、駅に向かう途中で降りればいい。
 だから僕はまたバスに乗るため、川沿いの道を歩き始めた。さっき宿を探しながらひどく長く感じたこの道が、実際にはそうでもなかったのだと、今また歩いてみて実感した。もっと距離があった気がしたのに。行きの道は得てして長く感じる、しかも重い荷物と不安定な情報を背負っていたからなと思った。そして、人の感覚っていうのはあてにならないなと、可笑しくなった。
 バス停に着くと、もうバスの行き先などはさっき学んだので、そう心配することもない。僕はやってきたバスに二元(約二十六円)を払い乗り込んだ。
 人民南路をバスはまっすぐ北上する。どういう都市計画をしたのか知らないが、この大通りを進んでいくと大きな公園にぶつかる。そしてそれを取り囲むように道が作られているので、バスは曲がって曲がって、ここを通り抜けなければならない。しかもこの付近は、一番の繁華街になっているようで、人があふれている。そういうわけで、バスもゆっくりしたスピードになり、前方に同じようなバスが何台も見えることになる。バスがここから抜けるには、まだまだ時間がかかりそうだった。
 退屈だなあと思って何気なく地図を見ると、目的の店はここから近くもないが、そう遠くもなかった。お腹がペコペコの僕は歩いて行ったほうが早いなと思い、バスを降りることにした。

成都―幸せシャワー

 受け取った名刺は、パンダの絵が描かれた旅行会社のものだった。そしてその女性は旅行会社の人であるらしい。彼女は流暢な英語で話し始めた。このホテル内にカウンターがあること、チベットやパンダ繁殖基地などへのツアーをやっていることなどを、簡潔に慣れた様子で説明してきた。僕は着いたばかりでツアーもなにもって感じで、答えに窮していると、じゃあまた考えておいてくださいとにこやかに去っていった。あっさりしていたので、そう嫌な印象は受けなかった。
 それからやっと名刺とカードキーを重ね持って、今日泊まる部屋に向かった。扉の前に立ち、名刺をポケットに入れ、カードキーをドアノブの上に差し込んだ。小さく緑のランプが灯り、それを確認してから僕はドアを開いた。やっぱりドミトリーにカードキーは違和感がある。
 ここは三人部屋だった。ひとつだけきれいに空いているベッドがあり、そこの横に荷物を置き、腰を下ろした。ベッドに座って初めて、本当に着いた、という気分になった。部屋を見回すと、なかなかしっかりとした造りになっている。残りの二つのベッドには、誰かの荷物があった。しかしそれをここから眺めただけでは、どこの国の人かはわからなかった。きっとどこか観光に行っているのだろう。今は一人でなんとなくちょうどよかったなと思った。
 宿に着いたらまずしようと思っていたことがあった。それはシャワーを浴びることだ。まともなシャワーはまだ船にいた六日前に浴びたっきりだ。上海ではおかしな設備のおかげで、無理な体勢をして、蛇口で頭を洗ったりするのが精一杯だった。中国に来てから寒い日が続いたので、汗で気持ちが悪いということはなかったが、それにしても異常な状態であることは確かだ。
 バックパックから着替えとシャンプーなどの入浴道具を取り出し、今着ているものをできるだけ脱いだ。半袖にハーフパンツで、足はビーチサンダルという格好で廊下に出て、シャワールームに向かった。
 足を踏み入れたシャワー室は、部屋の印象と同じくきれいだった。久しぶりにシャワーにありつけるだけでもうれしいのに、この感じはその幸せ指数をさらに押し上げてくれる。
 いざシャワーを浴びると、ここが中国だということを忘れそうだった。忘れるというよりは、疑うというほうが適当かもしれない。日本では当たり前だが、このシャワーからとにかく温かいお湯がでる、しかもこうも豊富に出る。どんどん体が軽くなっていくような気がした。実際、余計なものが流されて、僕の体はさっぱりした。そして、宿探しの疲れも、泡と一緒に排水溝へと流れた。

成都―立派な文字がお出迎え

 僕は手に持っていたメモ帳をもう一度開いた。やっぱり<成都、交通飯店、ドミ、人民南路、橋渡って左>とだけ書いてあった。駅にいたときは、これで行けそうな気がしていた。しかし今は、こんな不安定な情報しか書かなかった出発前の自分を恨んだ。渡って左ってどのくらいですか、と。これではざっくり過ぎるやろう、と。
 しかしいくら恨んでみても、これより情報が増えることはないし、引き返しても事態が改善するとも思えなかった。もう少し、根気強く進んでみることにした。
 また歩き出す。知らないことは考えてもわからない。ならば、聞くしかない。前から来る人、来る人、すれ違うたびにたずねようと思った。
 まず来た人に紙を見せた。すると思いがけず、「あっち」というような言葉とともに、そのおばさんは先のほうを指差す。「えっ、あっち?」と僕は思わず日本語を発し、前方の同じほうへ自分の指先を向けた。同時に顔は、同意を求めるように横へ向けると、おばさんは静かにコクリとうなずいた。なんだ、やっぱりこの辺なんじゃないかと、希望の灯が再燃した。
 少し進んで、念のため、次に来た人にもたずねた。そのおじさんはぶっきらぼうにも「そこだよ」みたいな動きをした。
 視野を広くするために顔を上げ、少しひいて前方の建物を見やると、交・通・飯・店と大きく外壁に書いてあった。そのどでかい文字は、「こんなに目立っているのに、なんでお前は見つけられないんだ」と怒っているようにさえ見えた。それほどの威圧感さえ感じる立派な文字が、僕の到着を迎えてくれた。
 フロントに行くと、前の宿と同じように用紙を渡され、そこに必要事項を書き込む。二泊するつもりだが、とりあえず今日は一泊分の料金を支払った。ドミトリーは一泊、四十元(約五百二十八円)だった。
 最後に鍵を渡されたのだが、なぜかカードキーだった。安い値段のドミトリーと、このカードキー。なんかすごくアンバランスなものを感じながら、案内された部屋に向かおうとした。
 フロントのカウンターを離れると、それを待っていたかのようなタイミングで声をかけられた。そこにいた女性はにこやかに一枚の名刺を差し出した。

成都―川と廃墟に挟まれた道で

 もうすぐあの橋だ、と思ったところで、バスが停留所に着いた。いや、でももう少し近くに行くだろうと思い、ここでは降りなかった。極力歩きたくなかったのだ。しかし、次にバスが停車したのは、橋を越えてからかなり先だった。間違った、やっぱりさっきのところだった、と誰に言うでもなく口にし、なんとなく負けたような気分でバスを降りた。
 今バスで来た道を引き返すのは、納得いかないが、まあしょうがない。幸い、バスは曲がったりしなかったので、迷うことはなかった。北に歩いて、橋のたもとに着いた。
 目指す宿、交通飯店は、橋を渡って左ということだった。ここはもう橋を渡ったところだから、と僕は体を反転させた。一応方向を確かめたのだ。こっちが左。この道のどこかにきっと、今日泊まるべき宿がある。
 水の上に宿があるわけないので、左に見える川はこの際無視して、右手方向にある建物に注目しながら歩いた。まず、廃墟になった大きなビルが見えた。解体工事の途中なのだろうか、あちこち穴が開いていた。しかしそれにしては時間がかかりすぎているような気がした。建物が黒ずみ、今にも崩れそうだった。たぶん放置されているのだろうなと思った。
 少し歩いてきたが、なかなかそれっぽい建物がない。そう思っていると、警備員が立っている駐車場の入り口があった。その奥にはホテルといえばホテルといえそうな建物があった。とりあえずその警備員に聞いてみることにした。とはいっても、交通飯店をどう発音していいかわからないので、紙に書いたものを見せた。彼の動作に悪意はこもっていなかったが、「ここじゃないよ」というそっけない答えが返ってきた。「じゃあどこ?」とたずねると、今度は首を捻るだけだった。これ以上、もう何か聞くことはできないなと思った。
 あれっ?と少し考えた。この近くじゃないのか。あの警備員の反応が気にかかった。なにか遠くの国のことを聞かれたような、そんな反応だった。それとも、もしかしたらさっきの廃墟が探している宿だったのか。そんなはずはない。と、思いたい。とたん弱気の虫が騒ぎ出した。

成都―バスルートの呪文、ナンバー16

 再び、地図を開けた。今いる場所から、目的地への道を目で追ってみた。歩く?でもやっぱ遠いなあ・・・。などと思っていると、地図上の道に、たくさんの小さな数字が振ってあるのをみつけた。その時、僕は頭の中で豆電球が灯るのを感じた。
 そうか、この地図にはバスルートも載っているのだ。そうなると、明るくなった僕の脳回路は反応まで良くなったようだ。
 橋を渡って左の交通飯店までは、とりあえず橋までたどり着ければいい。だとすれば、じゃあそこまでは、と、地図上の橋があるところを凝視してみる。ちょうどそこには、16、303、78という数字が書いてあった。この番号のバスが橋まで行くのか。
 そしたら、と、次はこの駅前から出ているバスと、橋まで行くバスの番号が同じならいいというわけだ。さすが駅前だけに、たくさんの数字が書かれている。この数字、たくさんある上に、中国らしくというのか、順番が小さいものからちゃんと並んでなくバラバラで、照合するのにえらく手間がかかった。ようやく、303と16のバスがこの近くから出ているらしいことを掴んだ。
 見つけるべき対象を認識したので、実際そのバスを見つけるべく、僕は大通りへと歩き始めた。
 駅前のロータリーを越えて、まさしく表の道、人民北路二段にやってきた。この町の中心道路にはさすがにたくさんの車やバスが行きかう。僕は16、303、16、303と心の中で呪文のように唱えながら、通るバスの行き先表示に注目した。
 バスを探し始めてからしばらくして、16のバスがやってきた。ふと気がつけば、心の中の呪文のはずが、見つけたうれしさで、「16!」と口に出してしまっていた。すると横にいたおばさんに不審そうな目で見られた。僕は恥ずかしさの裏返しとバス発見の余韻が残った笑顔で、その視線に会釈を返した。
 やっと市バスに乗ることができた。運賃は二元(約二十六円)だった。
 しかし、乗ったからといって、心配性の僕はまだまだ安心できない。予想に反してバスがおかしなところに行かないとも限らない、などと思ってしまう。だから、外に見える通りの表示と地図を見比べながら、ちゃんと目的地に向かっているかを確認し続けた。

成都―バス?表の道で見つけなさい

 バスは探すまでもなく、今立っているところからも数台見えた。でも、それらに乗っても、どこに連れて行かれるかはわからない。交通飯店行きのバスなんて便利なものがあるはずもない。どうしようかと、もう一度地図に目を戻した。
 地図上には、列車駅の前、つまり今いるこの辺に、数字が二十個ほど書いてあり、横にバスらしき絵が載っている。そしてその絵の周りが広場のようになっていた。そうか、これはバスターミナルだ、と思った。同時に、地図から離し、目をそちらへ向けると、まさしく広場にバスが何台も停まっている。よし、勘が冴えていると、気持ち小走りで吸い寄せられていった。
 その広場に着くと、少し様子が変な気がした。しかし、目の前に停まっているバスに運転手がいたので、地図を見せて、この辺に行きたいとたずねた。
 すると、その運転手は首を振って、なにやら「違う」と言っているみたいだ。そうか、このバスじゃないのか。近くにも違うバスが停まっていたので、同じように聞いてみた。やっぱり違うらしい。何人かに同じようにしてみたが、反応も一様に同じだった。
 僕は首を捻りながら、どうしたもんかと思った。考えながらふと顔を上げたときに、前を歩いているおじさんと目が合った。バスの関係者かどうかもわからなかったが、僕の足はすでにその人に向かっていた。そしてまた同じ質問をした。
 やっと話が少し進んだ。どうやら、ここで探してもバスには乗れないらしい。乗りたければ表の道でみつけなさい、と。僕は言葉に堪能でないので、彼の言う細かいことまではわからなかったが、ジェスチャーを含めた言葉以外の会話でそう理解した。僕は「謝々、謝々!」と、軽く右手を上げながらお礼を言い、元々いた駅前に戻った。
 さて、「表の道で見つけなさい」といわれたところで、それはそれで難しいことだった。見つけるためには、見つけるべき対象を知っていることが必要である。しかし、今は何を見つけていいかわからない。バス、という答えではあまりにもぼんやりしすぎている。

成都―二重丸の美しい町

 この宿探し連想ゲームが成立するためには、いくらなんでもこの町の地図がないと始まらない。駅前を見たところ、なかなかの都会のようだ。僕が持っている少ない知識でも、ここは四川省の省都であり、三国志の時代にはすでに大きな町だったということは知っている。だからフラフラ当てもなく歩いても、宿が見つかる町ではないことはわかる。第一、人民南路すらどこにあるかわからない現状で、無謀にも歩き回れるほど若くもない。
 まずは地図を買おうと、辺りを見渡してみる。何軒か売店が見つかったので、少々物色してみた。いろいろな地図が各店に置いてある。そのなかから、見た目もきれいで新しそうなものを選んだ。なにしろ、右上に<新世紀全新版>とでっかく誇らしげに書いてある。古いわけがない。
 この駅前広場の真ん中だと目立つので、近くの建物へと移動した。そこの壁にもたれて新しく買った地図を開いた。
 地図を見ると、町の中心を囲むように大きな円が二つある。この円を描いているのは環状線のような道路だ。この二重丸の真ん中をまた大きな道が貫いている。そしてこの道こそが人民路で、北から人民北路、人民中路、人民南路と名前を変えていく。人民南路を地図で追っていると、川に架かる橋を見つけた。そんなに大きな川ではなさそうだ。そうか、この橋を渡って左だから、この辺か。そうして、これから行こうとしている交通飯店の目星が、だいたいではあるがついた。
 地図を眺めて、なかなか美しい形をした町だ、という印象を持った。二重丸の真ん中に市政府と天府広場というのがある。そこを中心として、そうきっちりはしていないが碁盤目状の町が広がっている。
 今いる駅前は、二重丸の外側にあたる。ということは、目の前のその道は、外側の円を描いている道だ。そして、交通飯店があるであろう場所は、内側の円のなかだ。そんなに中心から外れてはいないが、この重いバックパックを持って歩ける距離ではなさそうだった。
 歩けそうにない、となると乗り物を探さなくてはいけない。しかし、タクシーという気にはならない。まず値段が高いというイメージがある。それに見知らぬ町でタクシーを使うこと自体が怖い。なにより、まだこんなに陽の位置が高い。明るいのに楽をして宿探しというある意味、旅の楽しみを放棄するわけにはいかない。
 そうなると、必然的に市バスで、ということになる。そうだ、市バスだ。次はバスを探そう。

成都―自由であるが故の不安感

 外国人窓口だからといって、すんなり英語が通じるかと言えば、そうではない。そんなに中国は甘くないのだ。それ以前に、言葉を聞く気が、おおよそなさそうな切符売りに話しかけること自体、無意味だった。
 上海の時と同じように、僕はまたメモ帳に希望の列車と行き先、日付を書いて渡した。今回ひとつ違うのは、寝台を一番上の段ではなく、真ん中の段にするべく、<中>と最後に書いたことだった。
 いままでは一番安いから、買うなら上段だと思い込んでいた。しかし時刻表の後ろのほうに価格表が載っていて、それを見ていたら、上段と中段ではそんなに値段が変わらないことを発見した。今回の距離で言うと、八元(約百五円)ほどしか違わない。勝手に誰かに座られる恐れのある下段は嫌だが、中段なら試してみてもいいかなと思った。ものは試しだということで、昆明までは寝台列車の中段で行くことにした。
 外国人専用窓口であろうとなかろうと、中国では紙に必要事項さえ書けば、切符は買える。そんな自信とともに、成都発昆明行きの切符を手に入れた。しかし他はかなり混んでいたので、それだけでもこの窓口があって助かった。
 そういったわけで、思ったよりすんなり駅を後にすることができた。しかしいざ出るとなると、自由に歩きまわれる開放感というよりは、自由であるが故の不安感のほうが上回ってきた。自由であるということは、なにもかも自分で始めなければいけないということだ。しかも初めて見る町で、そして異国で。
 まず新しい町に着いたら、しなくてはいけないことがある。それは宿探しだ。今日泊まる宿を探さないといけない。こんな自由気ままな旅に、予約された寝床など、あるはずもない。幸い、まだ正午にもなってなく、暗くなるまでの時間はたくさんあった。
 日本を出る前、ガイドブックを持たない代わりに、ここ成都の宿については少し調べておいた。やはり旅の序盤ということで、少々不安だったからだ。
 調べたところによると、この町には「交通飯店」という名の宿があるらしい。なぜここを選んだかといえば、安くで泊まれるドミトリーがあるからだ。
 メモ帳を見ると、<成都、交通飯店、ドミ、人民南路、橋渡って左>とだけ書いてあった。出発前にこれを書いた自分に対して「連想ゲームか?!」と突っ込みたくなったが、なんとなくこれでたどり着けそうな気もしていた。
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